声の種類について


 現在の声楽における声種としては音域によって基本的な4つの声種(ソプラノ・アルト・テノール・バス)に分けられ、さらに細かくして全部で6つに区分することができます。これを声の高い方から低い方に順に並べると以下のようになります。

《  声種(声域による区分) 》


・ソプラノ  soprano

・メッゾ・ソプラノ  mezzo soprano

・アルト  alto(コントラルト) contralto
・テノール tenore

・バリトン baritono

・バス basso

  オペラが誕生した1500年代の頃は、このように分類されていたのではなく、時代と共に変化してきました。例えば、ベルカント全盛期のロッシーニ時代の歌手、マリア・マリブラン〔Maria Malibran1808〜1836〕は、「チェネレントラ」から「タンクレーディ」、そして「セミラーミデ」のセミラーミデ役とアルサーチェ役まで歌いました。現在の区分で言うなら、メッゾ・ソプラノを中心にソプラノからアルトまでかなり広い音域を歌ったことになり、現代の歌い手の常識とは異なっていました。(*1)


 この6つの分類以外に「カウンターテノール(ファルセットで女声の音域を歌う男性歌手)」があり、最近ではバロック・オペラの演奏で活躍する歌手も多く登場しています。また、特殊な声としてソプラニスタ(ソプラノの音域を、裏声ではなく地声で歌える男性歌手)もあります。

(*1)最近の研究では次の様な声種の区分があったことが分かっています。女声では、ソプラノの声質だが低い音域も歌い、ドラマティックなアジリタ に加えてロッシーニのソプラノやコントラルトの役も歌える声として、ソプラノ・スフォガート(soprano sfogato)がありました。また、これとは逆にコントラルトの声質をもちながら2点シまで歌い、アジリタ を駆使して華麗なコロラトゥーラを聞かせる声として、メッゾコントラルトという声がありました。男声では、ロッシーニ時代のテノールはバリテノーレとテノーレ・コントラルティーノ(tenore contraltino)に分けられました。バリテノーレはテノールの音域も歌えるバリトン的な声質で、力強く厚みのある声をもちながらテノールの輝かしいアクートとアジリタ を聞かせることができる声です。またこのバリテノーレに対し、通常のテノールよりテッシトゥーラが高く、軽い声でアジリタ を聞かせる声がテノーレ・コントラルティーノです。このように、19世紀前半の歌手の声種は現在とは違っており、時代と共に変化してきたのです。

《 声質による分類 》


 同じソプラノでも、声質や性格によってさらに細かく分類されます。同様に、メッゾ・ソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バスも声質によって細かく別れています。こうした分類ができたのは、現在までにオペラでは様々な役が登場し、それぞれの役によって歌う音域・声質・必要なテクニックが大きく違ってきていることに起因していると考えられます。

〈 soprano  ソプラノ 〉

コロラトゥーラ・ソプラノ 

コロコロと声を転がすような細かく速いパッセージを得意とする。最高音は

時に三点ファに達する。役としては、例えば「魔笛」の夜の女王など。

ソプラノ・レッジェーロ    

 軽くて高い声。高音や細かい技巧的な歌い方を得意とする。コロラトゥーラ

として活躍することも多い。

ソプラノ・リリコ・

       レッジェーロ

レッジェーロとリリコの中間。スーブレットと呼ばれる、機知に富む小間使も

重要な役どころである。例えば「フィガロの結婚」のスザンナ、「こうもり」

のアデーレなど。

ソプラノ・リリコ

最も一般的なソプラノ。表情豊かで叙情的な声で、オペラではこの声の役が一

番多い。役としては、例えば「魔笛」のパミーナ、「フィガロの結婚」の伯爵

夫人、「ボエーム」のミミなど。

ソプラノ・リリコ・スピント

リリコよりも力強く強靭な声。ヴェルディ後期からヴェズリモに多くある。役

としては、例えば「運命の力」のレオノーラ、「トスカ」など。

ソプラノ・ドラマティコ

スピントよりも強靭で重量感のある声。ワグナーやリヒャルト・シュトラウス

など、重量感のあるドイツものに多い。他に「トゥーランドット」など。

ソプラノ・ドラマティコ・

         ダジリタ

ドラマティコの声でありながら、コロラトゥーラの細かいパッセージを歌うこ

とができる。マリア・カラスが歌う「ランメルモールのルチア」など。

〈 mezzo soprano  メッゾ・ソプラノ 〉

メッゾ・ソプラノ・リリコ       

比較的軽い声で、ソプラノよりは少し暗い音色をもつ。アジリタ(コロラトゥーラ)の超絶技巧を要求される役柄も多い。役としては、「セビリアの理髪師」のロジーナや、「チェネレントラ」、「タンクレーディ」など。

 メッゾ・ソプラノ・

        ドラマティコ

 比較的太くて厚みのある声。ドラマティックな表現を得意とする声。役として「カルメン」、「アイーダ」のアムネリスなど。

〈 alto  アルト 〉(contralto  コントラルト)

アルト(コントラルト)     

女声の中で最も低い音域を歌う。この種類の声はなかなかいないので、メッゾ・ソプラノが歌う場合もある。アルト歌手の役としては、例えば「仮面舞踏会」のルリカなど。

〈 tenore  テノール 〉

 

テノーレ・レッジェーロ                          

最も軽く高い響きのテノール。アジリタ(コロラトゥーラ)の超絶技巧が要求される役や繊細な表現が求められる。役としては「セビリアの理髪師」のアルマヴィーヴァ伯爵、「アルジェのイタリア女」のリンドーロなど。

テノーレ・リリコ

最も一般的なテノールの声で、表情に富んだ叙情的な旋律を歌う。役柄が一番多い。役としては、例えば「椿姫」のアルフレード、「ボエーム」のルドルフォ、「リゴレット」のマントヴァ伯爵など。

テノーレ・スピント

リリコよりも重みがあって輝かしく強靭な声。役としては、例えば「トロヴァトーレ」のマンリーコ、「アイーダ」のラダメスなど。

テノーレ・ドラマティコ

最も重量級の強靭な声で、ドラマティックな表現を得意とする。役としては、「オテロ」、「道化師」のカニオ、ワーグナーの諸役。なお、ワーグナーの楽劇を歌う歌手をヘルデンテノールと呼ぶ。

〈 baritono  バリトン 〉

 

バリトノ・リリコ        

テノールとバスとの中間の音域を歌い、叙情的で美しい旋律を歌うことを得意とする声。役としては、「ドン・ジョバンニ」、「トロヴァトーレ」のルーナ伯爵など。

バリトノ・ブッフォ

オペラ・ブッファにおいて比較的軽い声で早口で歌うことを得意とする。役としては、「セビリアの理髪師」のフィガロ、「魔笛」のパパゲーノ、「ドン・ジョバンニ」のレポレッロなど。

バリトノ・ドラマティコ

強靭な声でドラマティックな表現を得意とする。役としては、「トスカ」のスカルピア、「オテロ」のイヤーゴなど。

〈 basso  バス 〉

バッソ             

男声の中で最も低い音域を歌う声。バスの中でもさらに細かく分けることがあり、喜劇的な役を得意とする「バッソ・ブッフォ」や、叙情的で美しい旋律を得意とする「バッソ・カンタンテ」、そして特に深い声色で低音を得意とする「バッソ・プロフォンド」がある。役としては、例えば「ファルスタッフ」、「魔笛」のザラストロ、「リゴレット」のスパラフチレなど。

《 声種の見極めは慎重に 》


 以上、声の種類について細かく紹介してきました。しかし、声は訓練によってかなり変化していくものです。特に初心者は、はじめから「自分の声はこの声だ」と決めてしまうのではなく、勉強を進めていく中で指導者と一緒に慎重に見極めていくことが重要です。自分に合わない声種で勉強を続けても思うように歌えませんし、歌う中で困難を感じることになりかねません。間違った声種で勉強を続けることは避けたいものです。

 プロの歌手の中でもキャリアの途中で声種を変える場合があります。例を挙げると、カルロ・ヴェルゴンツィ〔Carlo Bergonzi 1924〜2014〕は、最初はバリトンとしてデビューしましたが、バリトンの声に違和感があり、後にテノールに転向しました。特殊な例として、パオロ・シルヴェーリ〔Paolo Silveri 1913〜2001〕はバス歌手からスタートし、後にテノールとバリトンでも歌いました。最近では、バリトン的な声質でテノールの音域も歌うロッシーニ時代の「バリテノーレ」を現代に再現した、マイケル・スパイヤーズ〔Michael Spyres 1979〜 アメリカ〕が活躍しています。このような例からも、自分の声に合った声種を見つけるためには、焦ることなくじっくりと慎重に進めることが大切です。

 また、よく言われているようにキャリアの最初から重い役柄を歌うのは危険です。プロとして活躍している歌手でも時には比較的軽い役に戻ったり、重たい声種であっても日常の練習の中でアジリタなど声の柔軟性を保つ訓練をすることは大切なのです。パヴァロッティも最初はリリコ・レッジェーロでスタートし、徐々にリリコへ移行して晩年にはスピントの役にもレパートリーを広げながら長期間にわたって第一線で活躍しました。

 自分の感覚だけでなく声楽の専門家の助言も生かすことで自身の声をよく見極め、その時期にふさわしい役や曲を慎重に選んでいくことが、声の健康や健全な声の成長にとって重要です。

 自分に合った声種を見極めるには、前提として正しい発声法を身に付けることが必要不可欠です。正しい発声を身に付けていく中で、次第に自分の声がどの声なのかがはっきりしてきます。オペラや声楽の発声法については、「ベルカント唱法Ⅰ」「ベルカント唱法Ⅱ」「ベルカント唱法Ⅲ」「ベルカント唱法Ⅳ(アジリタ編)」のページをご覧ください。

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