ベルカント唱法を学ぶにあたって


 イタリアで生まれた伝統的な歌唱法であるベルカント唱法。これを私たち日本人がイタリア人と全く同じ方法で、そして全く同じようなステップを踏んで習得していけるかというと、残念ながらそうではありません。なぜなら、私たちが普段話している日本語とイタリア語とでは発音から響までかなり異なっています。背景にある文化も大きく違い、そこからくる生活習慣や日常生活での立ち振る舞い、コミュニケーションの取り方など、実に大きな差異があります。

 言語の点から見てみると、日本語は口先だけで発音することができ、顔の表情もそれほど大きく変える必要はありません。むしろ大げさに抑揚をつけ声を張り上げて話すことは、相手に対して失礼にあたると考えてしまいます。日本語のアクセントは音程の高低で変えられ、イタリア語のようにリズムを伴って強く響かせることはありません。これは、日本の家屋が木造で天井が低く、西洋に比べて狭くて残響の短い空間で生活してきたので、このような抑揚の少ない平面的な話し方をするようになったと考えられます。(便宜的に日本語を平面言語と呼ぶことにします)

 一方、イタリアは石造りの建物で天井が高く道は石畳です。そして週末には音のよく響く教会に通うなど、普段から残響の長い空間で生活してきました。そのため、しっかりと相手に伝わるように周りの空間を響かせ、表情豊かにアクセントを強調した話し方になってきました。口先だけではなく豊かな表情で立体的に空間を響かせるのです。そのため、ベルカント唱法のようなオペラを歌うための発声に関わる器官が日本人よりも発達することとなったのです。(便宜的にイタリア語を立体言語と呼ぶことにします)

 このように考えると、ベルカント唱法を学ぶにあたって、平面言語を話す日本人が立体言語を話すイタリア人と同じスタートラインに立ち、同じステップを踏んで学ぶことができないのは明白です。

 次に背景にある文化について考えてみます。例えば、日本人は相手の意見に合わせて話し、あえて自分の考えとの違いを前面に出すことはしません。日本には「察する」という文化があります。ですので、大げさに抑揚をつけ表情豊かに自分の主張を伝える機会はあまりありません。一方、イタリア人は相手の意見と自分の考えとの違いを大切にし、日本人から見ると大げさな身振り手振りで表情豊かに話します。

 また、ここ1番の勝負の場面では、日本人はピーンと張り詰めた空気を感じながら、あえて重心を低くしてじっとその姿勢を保ちます。一方、イタリア人にはここ1番の勝負の場面で重心を低くしようなどという感覚は一切ありません。逆に、いつでも力を発揮できるように大きく構え、常に体を柔軟に動かそうとします。

 このように、何か外に向かって声や力を発散しようとする時に、日本人は内向きに体が動き、イタリア人は外向きに体が動きます。これを歌に当てはめて考えてみると、歌い出す最初の段階で、私たち日本人とイタリア人とでは体の動きが全く逆になってしまっているのです。そのため、ステージに立って最初の一声を出す際に、私たち日本人は日常とは違った体の動きを意識的にしなくてはならないのです。

 以上、これまでに述べてきた要因から、私たち日本人がベルカント唱法を習得するにあたってイタリア人と全く同じように進めるのではなく、「日本人の習慣や体の動かし方からくる身体的な特徴に合った訓練や練習」も合わせて進めてくことが必要となってくるのです。その訓練や練習は、私たちが日常生活で全く動かしていない筋肉を目覚めさせ、普段全く感じていないことを意識的に感じられるようにするといった、イタリア人には必要のない練習です。私たち日本人は、この事を考慮せずに練習を積み重ねても、いずれ大きな困難や越えられない壁を感じることとなってしまうのです。

 もちろんイタリアの素晴らしいマエストロの教えは偉大であり、私たちはそれをしっかりと身に付けていかなくてはなりません。しかし、その教えをそのまま実行しようとしても、日本人である私たちには困難な部分があるのも事実で、その理由はこれまでに述べてきた通りです。

 ですので、ベルカント唱法を学んでいくにあたって、ぜひこのような日本人とイタリア人との違いを十分に理解した上で勉強を進めていってください。そうすれば、勉強を進めるに従って一歩ずつ着実に進歩していることが実感でき、きっと素晴らしい歌声を響かせることができるようになってきます。

*本サイトの ベルカント唱法Ⅰベルカント唱法Ⅱベルカント唱法Ⅲベルカント唱法Ⅳ(アジリタ編) では、この点を踏まえてテクニックの解説や練習方法を紹介しています。

dolce e cappuccino

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