Q 誰でも練習をすれば、「美しい声」や「響く声」が出せるようになるのですか?
A はい。正しい方法で練習を積み重ねることで、美しく、そしてよく響く声が出せるようになります。
ベルカント唱法は、人の身体を最大限に活用し、美く瑞々しい響きを生み出す歌い方です。この歌い方を身に付ければ、周りの空間を響かせることができ、ホールなどの大きな会場でも、瑞々しく美しい声をマイクを使うことなく客席まで届けられます。さらに、自分が思ったように声を自由にコントロールして歌うことができ、音楽表現の可能性を広げることができます。
さて、このような素晴らしい発声法であるベルカント唱法を身に付けるとなると、声の出し方が日常生活で話をする話をする時とは違いますので、呼吸・姿勢・口の開け方・発音…など、歌うために適切な方法を身に付ける事が求められます。また、私たちが日本語を話す際に動かす部分や響かせる位置、日本人の習慣からくる身体の動かし方とは大きく違う点もいくつかあります。つまり、歌うということは、日常生活では使うことのない、「声を楽器のように機能させるための特別な身体の動かし方」が求められるのです。そのため、私たちの身体が歌う際の動きを覚え、的確に動かすことができるように、基礎からじっくり時間をかけて勉強する必要があるのです。
本来、人には「声」というその人ならではの音色をもった素晴らしい楽器が備わっており、その能力を最大限に引き出す歌唱法がベルカント唱法です。そして、声を正しく訓練し、美しく瑞々しい歌声に整えていくために必要なのがレッスンです。正しい方法でじっくりと時間をかけて勉強することで、誰でも美しく、そして、よく響く声が出せるようになります。ぜひチャレンジしてみてください。
ベルカント唱法についての詳細や具体的な練習方法は、こちらのページからご覧いただけます。
Q 歌声が小さく声量がないと言われます。どうしたら大きな声や声量のある声で歌えますか?
A 結論から言うと、大きな声や声量を求めるのは喉にとって大変危険です。ベルカント唱法では、声は出すものではなく、響かせるという意識が大切です。決して声を前に押し出してはいけません。むしろその逆で、「息を吸うように」、もしくは「息を飲み込むように」といった感覚で歌います。そして、声量ではなく、声の響きそのものを重視します。これは、かつてのベルカントの名教師たちが残した多くの言葉が示唆しています。正しくベルカント唱法の勉強を積み重ねていくと、徐々に美しく、よく響く歌声になっていきますので、地道に勉強を積み重ねてください。
では、もう少し具体的にお話しします。大きな声で歌おうと無理に力を入れて歌うと、その声は自分自身や近くにいる人には大きく聞こえますが、大きな空間では客席まであまり届かない「そば鳴り」と言われる声になります。その歌声は美しくなく、力で押し出したような声になり、声が揺れて不安定で、喉に大きな負担がかかるためとても危険です。また、必要以上に力を入れるため、歌うことに大きな困難を感じるようになってしまいます。(*1)
一方、ベルカント唱法の勉強をする中で、正しい姿勢・呼吸・響かせるポイント…などを確実に身に付けていくと、歌い手の骨格や身体中の空間が共鳴し、周りの空間を響かせることができるようになっていきます。その歌声は、歌手の口からではなく、空間が響いているように伝わります。オーケストラ伴奏でも楽器の音を乗り越えて客席に届くような、よく通る声になります。さらに、その歌声は美しく表現力に富み、表現の可能性を広げてくれます。ですので、声の大きさや声量を求めるのではなく、ベルカント唱法の勉強を時間をかけてじっっくりと取り組み、美しく響く声を目指していってください。この事は、オペラや声楽曲をソロで歌う場合だけではなく、合唱やポピュラー音楽など、他のジャンルの歌にも通用します。
(*1)
音程や揺れ幅が一定で声を揺らす「ビブラート」ではなく、不規則な声の揺れで、コントロールできない安定な声の揺れが起きる現象
Q 歌う時の姿勢や口の開け方はどのようにしたらいいですか?
A 堂々とした自信に満ちた姿勢と、口の奥の空間がよく開いた状態で歌うことが大切です。
私たち日本人は身体の重心が低い位置にあり、その低い位置のままでは美しく響く歌声を実現するのが難しくなります。また、美しい響きや声を自由にコントロールすることを可能にするために、響きのポジションを高くすることが大切ですが、重心の位置が低いとこれにも苦労することになります。そこで、意図的にイタリア人のように身体の重心を高い位置にもっていくことが重要になります。
具体的には、足を肩幅ぐらいに開いて立ち、両肩を上げてから後ろに引いて腕を下ろします。これにより、胸を張った堂々とした姿勢となります。そして、首の後ろの部分に重心があるように感じて、少し上から見下ろしているようにし、徐々に身体が上に昇っていくように、同時に身体が軽くなっていくように感じてください。水の中で身体が浮くような感覚に近いです。すると、身体の内側から自信に満ち溢れてくるような感覚をもつことができます。
次に、口の開け方ですが、軽くあくびをした時のように、口先ではなく口の奥が十分に広がっていることを確認してください。また、同時に眉毛や頬のあたりを上げてください。このように意識することで、普段話す時よりもはるかに高い位置で声が響き、声のコントロールがしやすくなります。
Q 声楽を習っていますが、高音が出せなくて困っています。どうしたら高音が出せるようになりますか?
A 高音も正しい方法で練習すれば楽に出せるようになってきます。
話をする時と歌う時では声の出し方、響かせる位置が違います。日常生活の中で話している声のポジションのまま歌うと、途中で喉が詰まったり、苦しくなったりして声を出すのに困難を感じます。その原因は、歌う時には話をする時よりもさらに高いポジションにする必要があるからです。そこで、スタッカートで「ha ha ha ha ・・・」と天井の方に向かって声を響かせるようにしてみてください。声は口からではなく、頭よりも上の空間が響くイメージが必要です。高いポジションで歌えるようになると、声のコントロールが容易になり、高音が出しやすくなります。また、あくびをするように喉の奥を十分に開く事も必要です。無理に力を入れて声を押し出してはいけません。声を出しながら自分自身が外側に向かって広がっていくように、そして、自分の頭の後ろの部分に大きな空間があることを感じながら歌うことが大切です。
さて、男声の場合は、中音域から高音域に上がっていく際に、声の変わり目である「パッサッジョ」の音域で声が出しにくく感じます。この音域を上手く扱うためには、ジラーレ(声を回すように歌うテクニック)を身に付けていかなくてはなりません。具体的には、高音を歌う前に事前に次の音をよくイメージして準備をしておきます。(この準備がないと、喉を締め付けたような汚い響きになります)頭の後ろの空間が十分に開いていることを感じながら(これが特に重要です!)また、前方の共鳴(マスケラ)も同時に意識し、頭上の声が回っていいく空間が感じられたところで高音を歌います。このジラーレのテクニックは特に重要です。焦らずじっくりと時間をかけてマスターしてください。
ベルカント唱法では高音のことをアクートと言いますが、ジラーレのテクニックを身に付けパッサッジョの音域を上手く扱えるようになると、低音〜中音までの音域よりも大きく輝かしい声でアクートが歌えるようになります。(低音から高音に向かって逆三角形のように大きく広がっていくイメージとなります)
詳しくはベルカント唱法のページからご覧ください。なお、人によってそれまでに身に付けてきた声の出し方が違ったり、自分自身では気づかない癖があったりします。ですので、本格的に勉強したい場合はベルカント唱法に精通した専門家のレッスンを受けることをお勧めします。
Q イタリア語の曲を歌っていますが、録音して聞いてみるとカタカナを歌っているように聞こえます。どうしたらイタリア語らしく歌えるようになりますか?
A ベルカント唱法を学ぶ中で、正しい母音の訓練と適切な子音の入れ方を身に付けることや、言葉の意味を理解した上で歌詞を繰り返し声に出して発音することが大切です。
私たちが日常生活の中で話している日本語は、イタリア語と比較すると口先の部分を使って話す事が多く、平面的な発音をする言語です。一方、イタリア語は日本語に比べて立体的な発音をする言語です。口先から口の奥まで使って奥行きのある深い発音をします。特に、「u」の発音は、日本語の「ウ」と大きく異なり、かなり深い発音となります。口先をしっかりすぼめ、口先から頭の後ろまで棒のようのものが突き抜けているような奥行きを感じます。ストローで吸っているようなイメージです。さらに、イタリア語では声が響く位置や身体の重心がかなり高い位置にあるため、周りの空間も響かせます。つまり、私たちにとって、普段話すのとは全く違った発音が要求されると言えるのです。しかし、ベルカント唱法のメソッドで訓練していくことで、次第に発音に奥行きが生まれ、周りの空間がよく響く歌声が出せるようになります。
イタリア語の歌詞を何回も繰り返し声に出して発音することも重要です。この際に、ベルカント唱法の勉強で練習しているように、響きを高い位置にもっていき、各母音の発音に注意しながらアクセントをしっかり付けて発音してください。各単語の意味や文法も同時に勉強できるとさらに効果的です。そうすることで、言葉の区切り、アクセント、ニュアンスなどが明確に理解でき、歌う際に大きく役立ちます。このように、ベルカント唱法とイタリア語の勉強を並行して進めていく事で、イタリア語らしく聞こえるようになります。
Q 歌っているとすぐに声がかすれ、10分も歌うと喉が疲れて歌うのが厳しくなってしまいます。どうしたら楽に歌えるのでしょうか?
A それは喉に無理な力を入れて歌っている可能性があります。
大きな声を出そうとすると、喉や首、肩などいろいろな部分に力が入ってしまいがちです。そして、声が出ていないように感じられ、さらに力を入れて声を出そうとします。このような悪循環が生まれると、すぐに声がかすれてしまいます。歌声は無理に力を入れて出すのではなく、常にリラックスした柔軟な状態を保つことが大切です。
呼吸や体のバランスの取り方にも注意してください。歌う際には、声を出しながら自分自身が外側に向かってどんどん大きく広がっていくように感じなくては、美しい声で長時間歌い続けられません。そこで、歌う前には十分にストレッチを行い、自分自身が外側に向かって広がっていくイメージで呼吸をする練習をしてください。
また、響かせるポジションにも注意してください。楽に歌うためには、私たちが日常生活の中で話す時よりもさらに高い声のポジションで歌うことが大切です。このように、私たちが日常生活で意識していない事も含めて一つ一つ適切に訓練していく必要があり、そのためのメソッドの一つとしてベルカント唱法があります。
ベルカント唱法については、こちらからご覧いただけます。
Q 大きな声を響かせるためには、何かトレーニングをして体を鍛えた方がいいのでしょうか?
A 特別に体を鍛えたり、トレーニングをしたりする必要はありません。
ベルカント唱法を身に付けていくと、少ない息で効率よく響かせることができるようになってきますので、特に肺活量が多くなくてはならないということはありません。大量の息を使って力一杯声を出そうとするのは間違いです。ベルカントの勉強を進める中で、歌う際に必要な部分が的確に動かせるようになってくると、無理に力を入れることなく楽に周りの空間を響かせられるようになります。歌は豊かな表情で腹式呼吸をしますので、健康面でも良い効果が期待できるのです。
しかし、歌い手として長く活躍したい場合は少し違ってきます。厳しいリハーサルや本番のステージで的確な演奏をするためには体力が必要になってきますので、自分に合ったトレーニングで体力作りをしていかなくてはいけません。それは、長時間のステージであっても体のバランスや柔軟性のある状態を常に保って歌うための土台となります。
ロッシーニのオペラなど、アジリタを駆使した超絶技巧を必要とする楽曲を余裕をもって歌ったり、ドラマティックな表現を必要とするオペラを歌ったりするにはかなり体力が必要です。声のテクニックの勉強だけではなく、しっかりと体を鍛えておいた方が有利です。もちろん、運動選手のようなハードなものではなく、自分に合ったもので継続して取り組む事が大切です。
Q ハミングで歌うと声が小さくなってしまいます。大きく響かせようとすると息がすぐになくなってしまいます。また、高音域は喉が詰まって歌えません。どうしたら楽によく響くハミングができるようになりますか?
A ハミングをする際に、口の中を膨らませていませんか?口先が少し開いていませんか?
口の中を膨らませた状態でのハミングの場合、響きがどうしても低くなってしまうため小さく聞こえたり、高音が苦しくなりがちです。また、「u-」の母音で歌うように口先を少し開けていませんか?この方法も響きが低くなりがちで声が小さくなってしまいます。
ハミングをする際には舌先を上の前歯の付け根あたりに付け、口は閉じ、決して口の中を膨らませません。そして目よりも上の辺りを響かせます。イメージとしては、頭より上の空間を響かせる感じです。慣れてきたら、「ド レ ミ レ ド ー」の音型で、手も使って頭の上で山を描くように動かしながら高い位置で響くことをイメージして練習してください。次第に高い位置でハミングが響くようになり、同時に響も大きくなってきます。
ハミングを高い位置で響かせられるようになれば、母音で歌う時と同じように低音から高音まで楽に歌えます。また、大きなホールでもハミングの響をしっかりと客席に届けることができます。
ベルカントの発声の勉強が進んでくると、先生からよく「共鳴(マスケラ)を意識して」とか「ジラーレさせて」と言われるようになりますが、ハミングは、この「マスケラ」の響きを育て、充実させていくためにとても役に立ちます。ハミングは声の勉強をしていく上で欠かせない大変重要なものなのです。
ハミングの具体的な練習方法については、ここをご覧ください。
Q 声楽を習っているのですが、高い方の「レ」や「ミ」のあたりの音域で苦しくなり、なかなかその上の音が出せません。高音が連続するアリアはとても歌えそうにないのですが、どうしたらいいでしょうか?声の種類はテノールです。
A テノールの場合、高い方の「レ〜ミ」の音域はパッサッジョ(passaggio)と呼ばれる声の変わり目です。それより上の音域をアクート(acuto)と言います。このパッサッショの音域はコントロールが難しく、特に何も訓練をしなければ、歌いにくく感じるのは自然なことです。しかし、この音域を上手くコントロールできるようになると、輝かしい声でアクートの音域が歌えるようになります。
プロの歌手も、この音域では十分に注意して歌わなくてはならない難しい部分です。ですので、この音域で苦しく感じるからといって、特に心配することはありません。
では、どうすれば苦しくなく楽に出せるかということですが、正しい姿勢・呼吸・高い響のポジションを保った上で、「レ〜ミ」の音域は力で押すのではなく、少し音量を抑えめにし、ジラーレ(girare:声を回すように歌うテクニック)も少な目にして歌います。また、無理な力を入れないようにして慎重に歌ってください。すると、自分の声が何か上からカバーされているような、もしくは少し音色が暗くなったように感じるかもしれませんが、それで正解です。(これをコペルトと言います)そして、「ファ」から上の音域は抑えていた声量を普通に戻し、しっかりとジラーレさせます。すると、音色が明るくなり、声が開放されたように輝かしく響くようになります。(これをアペルトと言います)
このように、基本的には「レ〜ミ」の音域でコペルト、「ファ」から上の音域からアペルトにしますが、実際には、曲によって多少前後します。例えば、ある曲の特定の箇所では敢えて「ファ」の音をコペルトして歌う方が良い場合もあります。これは、表現効果や安定した歌唱をするためのテクニック上の問題からくるものです。
アクート(高音)を出す際には、ジラーレや共鳴(マスケラ)のテクニックが重要です。これらのテクニックを身に付けていかないと、アクート(高音)を的確に歌うことは困難です。ですので、基礎から順番にじっくりと勉強していく中で、これらのテクニックを身に付けていってください。詳しくは、ベルカント唱法Ⅰ、ベルカント唱法Ⅱ、ベルカント唱法Ⅲのページをご覧ください。
なお、これらのテクニックは難易度が高く、文章で正確にお伝えすることは残念ながら困難です。ですので、ベルカント唱法に精通した専門家のレッスンを受けることをお勧めします。
Q 声楽の勉強を始めましたが、ピアノなど他の楽器も学習した方がいいのでしょうか?
A 必ずしも他の楽器をやる必要はないのですが、より音楽を深く追求するためにはピアノを学習されることをお勧めします。
ピアノが弾ければ、声楽で新しい曲を勉強する際の音取りが容易になります。さらに、ある程度ピアノの演奏ができるレベルであれば、歌のパートだけでなく伴奏部分も自分で弾きながら勉強できるので、その曲の特徴を深く理解して歌うことができます。また、オペラを歌う際には、他の役のパートやオーケストラが何をやっているのかを理解した上で自分のパートを歌うことができます。このように楽曲の構造を深く理解して歌えるということは、歌手としてステージに立つ上で大きく役に立ちます。
また、歌い手として音楽を深く理解して演奏するためにピアノの学習はとても有意義です。ピアノを通してバッハなどのバロック音楽から、古典派、ロマン派、近代・現代…と様々なタイプの音楽作品に触れ親しむことができます。例えば、ポリフォニーのように多くの声部が複雑に重なり合う作品を演奏を通して味わうには、一人で演奏できるピアノは重宝します。このように、ピアノはオペラや声楽曲を演奏する上での多くのヒントを与えてくれます。
声楽は多くの場合ピアノなど何らかの伴奏者と共に演奏します。そのため、ピアノなど他の楽器とのアンサンブルの力が必要となります。その際、自分自身がピアノが弾け、さらに伴奏者としての経験もあれば最高です。なぜなら、伴奏者がどのようにブレスの位置を作ったり、微妙なテンポの変化をつけたりしているのかなど、ピアノとのアンサンブルの方法がより深いレベルで分かるからです。
また、表現を練り上げていく上で歌手と伴奏者との音楽的な駆け引きがありますが、それを歌手とピアニストの両方の立場で理解できるので、実際のステージでより積極的にこの駆け引きを活用できます。また、ピアニストの心理や音楽づくりが理解できることは、歌手として演奏活動を行なっていく上で大きなアドバンテージとなります。ですので、音楽をより深く追求するために、ピアノを学習されることをお勧めします。
Q 合唱をやっているのですが、合唱の発声とソリストの発声は違うのですか?
A 合唱でもソリストでも基本的な発声方法に違いはありません。
本来、「合唱の発声」、「ソリストの発声」という発声法の違いはないと思います。合唱でもソロでも体を上手く使い、十分にコントロールされた美しい歌声を目指すのは同じです。もちろん、合唱で歌う場合は周囲との調和を考え、ソリストのように一人だけ飛び出すような歌い方をしないように注意しなければなりません。
合唱であっても、曲によってはソリストのパート以上に難しい音型があったり、例えばベートーヴェンの「第九」のようにソリスト以上に声を酷使する曲もあります。ですので、合唱団で歌う場合でも声を痛めることなくいつまでも美しい声で歌うためには、確かな発声技術が必要となります。その際にベルカント唱法のメソッドは大きく役に立ちます。
一方、ソリストも一人で歌う以外に何人かの他の歌手と一緒にアンサンブルをする場面が多くあります。その際には、他の歌手との調和や全体のハーモニーを大切にして歌います。これは合唱をする場合と何ら変わりありません。ですので、合唱団で歌われる場合も発声の基本としてベルカント唱法を身につけられることをお勧めします。より美しい声での歌唱、自分の思ったような表現、指揮者の要求に応えた表現が可能になります。
Q 16部音符やトリルのような細かい音符が上手く歌えなくて、テンポが遅くなったり、音と音が繋がったようになってしまいます。どうしたら細かい音符が正確に歌えるようになりますか?
A ご質問の細かい音符を歌うテクニックは「アジリタ agilità」と言います。(コロラトゥーラとも呼ばれます)
アジリタは基本的に高いポジションで歌い出し、無理な力を入れないようにします。十分にリラックスした状態で練習してください。例えば、「a〜」で歌うパッセージでしたら「アー」と伸ばすのではなく「aaaaaa…」と一つ一つの音符を発音して歌います。歌いやすい音域でゆっくり歌うところから練習を始めてください。
また、ヴァッカイ の声楽教則本「イタリアの室内歌曲の実践的過程」(Metodo pratico di canto italiano per camera)を用いるのも効果的です。この練習曲集は一つ一つの練習曲がイタリア語の歌詞の付いた歌曲のようになっていて、音階・アッポジャトゥーラ・アッチャカトゥーラ・ターン・モルデント・トリル・跳躍・アルペッジョなどのテクニックを一つ一つ身に付けていくことができます。
アジリタの勉強が進んできたらロッシーニの曲の一部を練習に取り入れてみてください。ロッシーニの曲にはアジリタのテクニックを駆使して歌うものが多くありますで、その中でも比較的歌いやすい曲から挑戦してみましょう。(曲によっては超人的なテクニックを必要とする曲もありますので)そして、この練習がある程度できるようになったら、次はアリア1曲を通して練習してみましょう。ロッシーニのアリアの場合、アジリタはよく計算されて配置されていますので、1曲を通して歌うための力配分やアジリタの効果的な演奏方法を学ぶことができます。さらに勉強が進んだら、変奏を入れて歌うこともできるようになります。
なお、アジリタの練習は正しい声のフォームや声の健康を保つことにもつながります。低音から高音までアジリタが自在に歌えるということは、正しい発声のフォームがあり、無理な力が入っていないからです。ドラマティックな表現が要求される曲ばかり歌っていると発声のフォームが崩れやすいので、どの歌い手もアジリタの練習を欠かすことなく行うことが大切です。詳しくは「ベルカント唱法Ⅳ(アジリタ編)」をご覧ください。(具体的な練習方法がまとめてあります)
Q ロッシーニの時代のベルカントと現在のベルカントは違いますか?
A はい、現在の我々が認識しているベルカントとはかなり違っていました。
ロッシーニの時代やそれ以前の時代のベルカントは歴史的ベルカントと呼ばれます。現在のベルカントように力強い声で分厚いオーケストラの響きを乗り越え直接的に感情を表現するものではありませんでいた。歴史的ベルカントは、色彩感のあるニュアンスに富んだ声で滑らかに歌い、メッサ・ディ・ヴォーチェやアジリタを駆使して華麗に装飾された旋律を歌う装飾歌唱に重点が置かれていました。テノールに関しては、パッサッジョより上のアクート(高音)をファルセットの柔らかい声で歌っていました。現在のテノールは輝かしい声でアクートを歌うので、かなり印象や演奏効果が違っていたと考えられます。
しかし、近年はロッシーニ時代の歌唱技術の復興が進み、現在のベルカントのテクニックの上に装飾歌唱の技術を構築して見事な歌唱を聞かせる歌手が多く登場し、ロッシーニやそれ以前のオペラのレパートリーが上演されるようになりました。これには1980年から始まるロッシーニ・オペラ・フェスティバル(通称ROF)の功績が大きく、ロッシーニ作品の上演を通して失われていた歴史的ベルカントを復活してきました。また、ROFにはアカデミア・ロッシニアーナが併設され、そこで学んだ多くの歌手達が数々の名演を残してきました。最近ではファン・ディエゴ・フローレス(Juan Diego Flórez、1973年-)が有名です。
このように、現在活躍している歌手は現代のベルカントのテクニックの上に装飾歌唱を構築しているので、輝かしく響くアクートはそのままに、歴史的ベルカントの特徴である装飾歌唱も見事に表現する歌声が聴けるようになっています。さらに詳しく知りたい場合は、「歴史的ベルカントと現在のベルカント」をご覧ください。
Q 歌の勉強をする上で録音をすることは有効でしょうか?
A はい、録音をすることはとても有効な手段です。
歌っている声は自分自身には聞こえていませんので、録音をして自分の本当の歌声を聴くことはとても勉強になります。音程や発音、声のポジションなどもチェックできます。歌の勉強を始めた最初の段階の歌声は雑音が多く音程が不安定だったりしますが、勉強が進んでくると雑音が減り、明確な発音で安定した歌声に変化してくるのが録音から確認できるようになります。しかし、録音の機材には注意してください。マイクや機器の性能によっては実際の声とは大きく違ってしまい、「こんな声なのか」とがっかりすることもあります。また、スマートフォンなどで録音する際には、MP3やAACなど圧縮された録音フォーマットに設定されていることがあり、その場合カットされる音域があるため実際の声とは違って聞こえてきます。出来るだけ高音質のフォーマットで録音してください。
最近ではハイレゾで録音できる機器もリーズナブルな価格で手に入るようになりました。ポータブルでお手軽な機材でもPCM96kHz/24bitといった高音質のフォーマットで録音でき、自分の演奏をかなり細かくチェックできるようになっています。これらの機器をうまく活用し、歌っている時に自分に聞こえている声と実際に出ている声を一致させていくことで、より効果的に勉強を進めていくことができます。もちろん、これはプロの歌手にとっても同じで、練習やリハーサルでのチェックに大変重宝します。
Q 「歌が上手くなるためには、現在活躍している歌手だけではなく昔の歌手の演奏も聞きなさい」と言われますが、歌の勉強をする上で大切なのでしょうか?
A 歌い手にとって自分自身を常に良い演奏に触れさせリフレッシュさせておく事は重要です。
歌の勉強を進めていくと、自分の体や筋肉が正しい発声のための動きを覚え次第に機能していくようになります。すると、一流の声楽家の演奏が聞こえてきた途端、不思議なことに自分の体や筋肉に記憶されてきた動きが呼び覚まされ、絶えずその感覚を忘れないように記憶をリフレッシュしようとするのです。
世界中の一流のコンサートやオペラ公演に足を運ぶのが一番良いのですが、頻繁に通い続けるのは現実的ではありません。そこで、録音を通して現在活躍している歌手だけでなく、昔の歌手の演奏を聴くことはとても手軽で有意義な勉強の手段なのです。また、過去の大歌手たちの録音からは、現在の演奏にはない貴重なヒントを得ることができます。
さて、録音が発明されたことにより、音楽はその場で消えてしまうものではなくなり、何度でも繰り返し聞け長く後世に残るものとなりました。これにより、私たちは多くの優れた演奏を、いつでも・どこでも自由に聞けるようになりました。声楽の世界で言えば、例えば高名なテノール歌手であるエンリコ・カルーソーは多くの録音を残しましたので、私たちは彼の演奏をいつでも聴くことができます。もちろん、録音が始まって間もない初期の段階ですので録音の品質にバラツキがあり、正確に彼の演奏を把握することが出来る訳ではありませんが、それでも紙面上の記録ではなく実際の音で聴くことが出来ることの意味は大きいのです。
その後、徐々にオペラ歌手の録音が増えてきましたので、私たちはその録音からベルカントの歌い方の変遷を知ることが出来るようになりました。有名な歌手では、ベニアミーノ・ジーリやティト・スキーパも録音を残しました。彼らの時代になると録音技術が進歩し、歌い方もかなり把握できるようになりました。
そして、ジュゼッペ・ディ・ステファノやマリオ・デル・モナコの時代になるとスタジオから歌劇場、さらにライブ録音まで様々な種類の録音が残っています。マリア・カラスとのオペラ全曲録音も数多くあり、フレージングから微妙な発音のニュアンスまで聴くことができます。それに続くフランコ・コレッリになると、さらに録音の品質が向上し、歌い手の息遣いまでも、まるでその場にいるかのように聞こえてきます。
続いてルチアーノ・パバロッティまでくると、かなりのクオリティで聴くことができます。つまり、私たちは自宅に居ながらにして歴代の名歌手の演奏を聴くことができ、ベルカントの声の歴史的な変遷を味わうことが出来るのです。
時代とともに歌い方や声の扱い方も変化してきていますので、現在の歌手だけでなく昔の歌手の演奏も聴くことはとても良い勉強になります。これはプロの歌手にとっても同じで、プロの歌手も昔の歌手の演奏を繰り返し聞いて勉強しているのです。特にマリア・カラスの録音は、テクニックはもちろん深く考え抜かれた見事なフレージングなど、どの声種の歌手にとっても大変勉強になる貴重なものです。かつての大歌手達も偉大な歌手の録音を何度も聴いて勉強したと言います。
Q 普段から聞く音楽や音は、できるだけ良いものにした方がようでしょうか?
A はい。より良い音楽を追求するからこそ、普段から良い演奏や良い音に触れることはとても重要であると思います。
私たちの周りには様々な音楽で溢れています。現在では、コンサートに出掛けなくてもインターネットを通して多種多様な音楽を手軽に、そして必要な所だけを抜き出して簡単に聞く事ができます。これは、多くの音楽に触れる機会がもてると言う点で素晴らしい事です。しかし、簡単に聞ける反面、音質の良くないものも多く存在しています。中には私たちの耳に聞こえない部分をカットした音源もあります。そのため、本来のその楽曲のもつ良さや演奏家の素晴らしい演奏に私たちが気づかないままになっている可能性があります。ですので、普段から聞く音もできるだけ良いもので聞けるようにしたいものです。
現在ではハイレゾの再生機器やハイレゾで録音されたソフトが普及し、CDのように人間に聞こえない音域をカットした冷たい感じのする録音ではなく、より本物に近い音で聴くことが出来るようになりました。PCM96kHzや192kHzといったフォーマットでの録音が増え、さらにはDSDやMQAといった、より実際の音に近く音に温かみが感じられるフォーマットも出てきました。そして現在の歌手だけでなく、昔の歌手の録音をリマスターして大幅に高音質になったものも出てきています。まさに、録音を通して偉大な歌手の芸術に高いクオリティで触れることが出来るようになったのです。
もちろん、実際の劇場やホールでの演奏に勝るものはありません。ですので、劇場やコンサートホールに出掛けて演奏を聞くことや、現在や過去の歌手による良い録音を聞くこと通して多くの素晴らしい演奏に触れることで、常に自分自身の耳をリフレッシュさせ、目指す声や表現を明確にもって勉強を進めてください。